金閣寺の歴史の見所を簡単に説明!明日使える豆知識も紹介!

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京都の有名なお寺といえば、金閣寺ですね。

 

ベタと言っても京都観光に来ればやはり見逃せないスポットです、

 

そんな金閣寺ですが、

ただ漠然と「金だなー」と思うだけよりも歴史を知ってから拝観した方がより味わい深く感じます。

 

そこで今回は金閣寺の歴史の見所や観光をより楽しめるようなちょっとした豆知識も紹介したいと思います。

金閣寺の歴史の見所を簡単に説明

まず簡単な歴史の年表をまとめてみました。

 

金閣寺の簡単な年表

  • 1224年 西園寺建立
  • 1397年(応永4年) 金閣寺建立
  • 1467~1477年(応仁元年~文明9年) 応仁の乱で西軍の本陣に
  • 1649年(慶安2年) 大修理
  • 1906年(明治39年) 大修理 
  • 1950年(昭和25年) 放火で全焼
  • 1955年(昭和30年) 再建完了
  • 1986年(昭和61年) 2年がかりの大修復
  • 1994年(平成6年) ユネスコの世界遺産登録 「古都京都の文化財」

 

1224年 西園寺建立

元々、金閣寺の場所には西園寺というお寺が建っていました。

 

これは藤原公経が鎌倉時代(1224年)に建立したお寺で、公経以降は子孫である西園寺家によって所有されてきました。

 

しかし、鎌倉幕府の終りとともに西園寺家は衰退し、西園寺も廃れていきます。

 

1397年 金閣寺建立

義満が西園寺を譲り受け、改築・新築を行いました。

 

当時は「北山殿」または「北山第」と呼ばれていました。

 

貴重とされていた金を大量に使い自らの権威を誇示しました。

 

義満が亡くなった後に鹿苑寺と名付けられました。

 

1467~1477年 応仁の乱で西軍の本陣に

11年に及ぶ戦となった応仁の乱では西軍の本陣になりましたが、金閣が焼失することはありませんでした。

 

その後、江戸時代や明治時代に大規模な修理を行うことになります。

 

1950年 放火で全焼

金閣寺の歴史で最も重大な出来事かもしれません。

 

1950年7月に見習いの僧侶だった21歳の若者が放火し、骨組みだけを残して全焼しました。

 

これは後に三島由紀夫や水上勉らが題材として扱うほど衝撃の事件でした。

 

故意の放火であるのはなんとも残念ですね。

 

全焼後のおよそ2年後に再建をスタートさせて1955年に再建が完了しました。

 

1986年 2年がかりの大修復

この2年に及ぶ修復によって現在の金閣寺が完成されました。

 

金箔の張り替えが中心で通常の5倍の厚さの金箔を20万枚使用した結果、約7億4000万円もかかったと言われています。

 

道理で現在まで色落ちない輝きを放っているわけです。

 

足利義満の歴史

金閣寺の創始者・足利義満についても少し触れたいと思います。

 

義満は室町幕府の3代将軍

 

足利家で有名なのは初代将軍の尊氏だと思いますが、義満は尊氏の孫にあたります。

 

驚くことに義満が将軍の座についたのは11歳のとき。

 

11歳というと今の時代で言えば小学5年生です。

ろくな大人にならない予感がプンプンします。笑

 

義満最大の功績は南北朝の統一です。

 

当時、天皇家は京都の北朝と奈良の南朝に分裂し対立していました。

 

義満はこの2つの統一に成功し大きな権力を握ることになります。

 

また日明貿易で莫大な財力を手にします。

 

こうして室町時代は全盛期を迎えることになります。

 

そして義満は更なる野望を企てます。

 

1394年、長男・吉持に将軍の座を譲ります。

また1408年、次男・義嗣を色んなこじつけで天皇の養子にすることに成功。

天皇と同じ形式で元服させました。

 

元服というのは成人の儀のことで、

これを天皇と同じ形式でやるということは次期天皇が義嗣のなることを意味しています。

 

つまり、息子2人を将軍と天皇にして義満自身はその上に君臨しようとしたんですね。

 

義満は天皇になりたかったとも言われており、

義嗣を天皇にして、自分自身は太上天皇(上皇)になるつもりでした。

 

しかし、元服の数日後に突如体調を崩して危篤状態になり、最終的にお亡くなりになってしまってこの計画は失敗に終わります。

 

亡くなった原因はあくまで通説で何者かによってやられたのではないかと考える人も多いです。

 

実際に義満の自分勝手な野望を快く思っていなかった人は多かったみたいです。

 

特に吉持をはじめ幕府側の人間は家臣の武士を蔑ろにして皇族になろうとする義満に強い反発を持っていたそうです。

 

政治力は見事なものですが、信頼は低かったみたいですね。

 

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豆知識

次に金閣寺の豆知識を紹介したいと思います。

 

三層構造

金閣寺は3階建てのお寺ですが、実は各階によって建築様式が異なる珍しい構造になっています。

 

 

1階は公家(貴族)が好んだ寝殿造り

2階は武士が好んだ武家造り

3階は禅宗仏殿造りとなっています。

 

義満は金閣寺建立前に禅宗の僧に出家していました。

 

つまり、この建築構造は、自分が貴族や武士を超越した存在であるというメッセージなのではないかという見方が根強いです。

 

国宝ではない

世界遺産にも登録された金閣寺ですが、実は国宝ではありません

 

以前は国宝指定されていましたが、前述の通り、放火で焼失した際に解除されています。

 

鳳凰

金閣寺の屋根上を見ると金色の鳳凰がいます。

 

鳳凰は中国の伝説上の生物で権力や命の象徴。

 

鳳凰が建てられた理由は明確になっていませんが、「現在の天皇に変わり新たに徳の高い天皇や将軍が現れたことをアピールするために置いたとする説」「単純に守り神として置いた説」などがあります。

 

また鳳凰は中国の朱雀と同じ認識を持たれています。

 

朱雀は南の方角を守る霊獣。(北:玄武、東:青龍、西:白虎)

 

そのため金閣寺の鳳凰も南の方角を向いています。

 

雪が綺麗

どの季節に訪れても外れのない金閣寺ですが、特に「雪の金閣寺」は見事な景色が広がっています。

 

金色の舎利殿と白色の雪のコントラストが非常に美しく、感動すら覚えます。

 

前日大雪で翌日晴れた日に行けば、青・白・金のコントラストでもっと楽しめます。

 

まとめ

今回は金閣寺の歴史の見所や豆知識を紹介しました。

 

金閣寺、足利義満の歴史を感じながら観光を楽しんでみては如何でしょうか。

 

大阪城の歴史と観光の見どころについてはこちらにまとめています。

大阪城の歴史を簡単に解説!観光の見どころも紹介

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

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